喜界島ドットコム 【喜界町図書館 - 青い空に映える建物】

喜界町図書館

喜界町図書館 - 青い空に映える建物

滞在中、何度か喜界町図書館を訪れた。

「帰省中」 でも利用証を作ってもらえたとのことで、妻が娘の絵本を借りに行くのに着いていったのだ。

空に映える建物。

私が訪れた初日、空がとても青かった。
レンガ調の建物にカラフルなモニュメントの貼られた建物は、青い空にとても良く映えた。

喜界町図書館

この日は子供の日に近かったので、こいのぼりが飾られていた。

喜界町役場のこいのぼり

心地よい空気感。

喜界町図書館の周りは。心地よい緑に包まれたいた。

ほっと安らぐような庭、南国固有の樹木。
ついつい、建物内の写真ではなく、周辺の写真ばかりを撮ってしまった。

喜界町役場の緑
喜界町役場の緑


子供の頃、私もよく図書館を利用していた。
母親に連れられていった、新宿区立中央図書館。
その、子供用図書コーナー。
成長するにつれその図書館へはほとんどいかなくなったが、今では妻と娘が利用している。
何となく、時代の連鎖を感じる。

私自身、読書はとても好きだ。
先人たちの知を紙という媒体から吸収している瞬間は、濃密な果汁をストローで吸っているような快感に近い。

その果汁を収穫するための場所として、図書館の意義は大きい。

初めての喜界島訪島

初めての喜界島訪島 - 番外編

2 回目の喜界島訪島

図書館の歴史

世界史上早期の図書館として有名なものに、紀元前7世紀のアッシリア王アッシュールバニパルの宮廷図書館がある。アッシリア滅亡時に地下に埋もれたまま保存されたこの図書館の粘土板文書群の出土によって、古代メソポタミアの文献史学的研究が大きく前進した。さらに下ってヘレニズム時代になると、紀元前3世紀のアレクサンドリア図書館が著名である。これには薬草園が併設されており、今日の植物園のような遺伝資源の収集も行われていた。つまり、今でいう図書館、公文書館、博物館に相当する機能を併せ持っていたのである。この図書館は、付近を訪れる旅人が本を持っていると、それを没収して写本を作成するというほどの徹底した資料収集方針を持ち、古典古代における最高の学術の殿堂となっていた。

歴史的には、学術研究用に資料を集めた場として、学者や貴族以外の者は利用できなかったり、利用が有料であった時代が長い。中世には、本一冊で家が買えるほど貴重なものであったため、鎖で本棚に繫がれていた。グーテンベルクの印刷術により本が大量生産できるようになって初めて「誰でも無料で」の原則が広まり始めた。

日本の図書館の歴史は、文庫、書庫、書府、経蔵や書籍館(しょじゃくかん)に遡る。現在でも、古文書館、文書館(もんじょかん)といった歴史的文書の保存施設がある。

日本における初期の近代的な図書館としては1872年に文部省によって設けられた書籍館がある。この時期にはまだ名称は一定していない。図書館という名前が初めて採用されたのは、1877年の東京大学法理文学部図書館とされている。その後、図書館という名称が普及していき、1899年公布の図書館令において図書館という語が用いられたことで定着した。

引用:
図書館
フリー百科事典
『ウィキペディア(Wikipedia)』
最終更新 2008年6月13日 (金) 07:15

こいのぼり

中国の正史、二十四史の一つである後漢書による故事で、黄河の急流にある竜門と呼ばれる滝を多くの魚が登ろうと試みたが鯉のみが登り切り、竜に成ることができたことに因んで鯉の滝登りが立身出世の象徴となった。

本来は真鯉(黒い鯉)のみで、明治時代から真鯉(まごい)と緋鯉(ひごい)の対で揚げるようになったが、昭和時代からは家族を表す物として子鯉(青い鯉)を添えた物が主流となった。但し、過渡的に黒と青だけという組み合わせも見られた。

最近では緑やオレンジといった、より華やかな色の子鯉も普及してきており、所によっては女の子も含め家族全員の分の鯉を上げる家もある。暖色の子鯉の増加はそういった需要に応えての事のようである。

竿の先に回転球や籠玉、その下に矢車を付け、五色もしくは鯉などを描いた吹流しを一番上に、以下真鯉、緋鯉、等を大きさの順に並べて揚げるのが一般的。

なお都市周辺では、1980年代以降の住宅事情(庭付き一戸建て住宅の減少とマンションなど集合住宅の増加)や少子化などのため、後述の童謡に歌われるような、民家の庭に高々と鯉のぼりが揚がる姿を見ることは少なくなっている。

高速道路などでは風速・風向を示す吹流しが、4月・5月には鯉幟に取って代えられる場合も多い。

なお、一部のジェンダーフリー論者からは、鯉のぼりが封建的な家制度の象徴だとして批判されるケースもあり、男女共同参画社会づくりの一環として鯉のぼりを家庭内の身分を想起させないよう縦ではなく横につるすように指導した自治体もあった。一方、こうしたジェンダーフリーの立場からの鯉のぼり批判は、石原慎太郎東京都知事から東京都議会(平成16年第2回定例会)において、「伝統文化まで拒否する極端でグロテスクな主張」として、公人の立場から公式に批判されている。

引用:
鯉幟
フリー百科事典
『ウィキペディア(Wikipedia)』
最終更新 2008年5月2日 (金) 12:23