喜界島ドットコム 【朝日酒造 - 黒糖焼酎の製造工場を見学する】

朝日酒造 - 工場見学

朝日酒造 - 黒糖焼酎の製造工場を見学する

祖父は、夜の晩酌を楽しみしている。
妻が祖父に 「結婚するよ」 と報告した際、まず最初に 「相手の男は酒は飲めるのか。」 と訊いたというほど、お酒が好き。
飲むのは専ら黒糖焼酎だ。

私は、喜界島で初めて黒糖焼酎を飲んだ。
もともと、蒸留酒は少し苦手だった。
しかし飲んでみるととても美味しく、すっかりはまってしまった。


滞在中、祖父と 「今晩は一緒に飲みましょう!」 と約束したことがあった。
私は、祖父との晩酌をとても楽しみにしていた。
祖父も楽しみにしていてくれたらしく、夕飯の少し前に、自分のグラスと、私のグラスと、一升瓶を用意して、早々に席について待っていてくれていた。
その姿に、私は何だか心温まるものを感じた。


話を戻す。
祖父がいつも飲んでいる黒糖焼酎。

これはぜひとも工場を見学したい!
ということで、父に連絡を取ってもらい、実現させた今回の工場見学。
下記に纏めてみようと思う。

焼酎はこうして造られる。

私にとって、お酒の工場とは未知の世界である。
何をどのようにしてどうなったら、均一で美味しいお酒ができるのか。

全くの無知の状態で見学するのも気が引けたので、事前に少しだけ勉強をしていった。


まず、焼酎には 「甲類」「乙類」 がある。

甲類は連続式蒸留器で蒸留を行い、アルコール度数が 36 度未満のもの。
ホワイトリカーなどと呼ばれることもある、チューハイのベースに使われることが多い。
梅酒のための梅酒を漬けておくのも、甲類の焼酎である。

ストレートやロックでも飲めるそうだが、私個人としては 「それはちょっと」 という感じである。


続いて乙類。
乙類は単式蒸溜器で蒸溜を行い、アルコール度数が 45 度以下のもの指す。
こちらが所謂 「焼酎」 と言い表す際に示されるものだ。

蕎麦や芋、そして黒糖など、様々な特産物から造られる。
原料の風味が生きた、独特な味わいである。


今回見学する工場では黒糖焼酎が製造されているので、乙類の焼酎を製造する工場ということになる。

乙類の焼酎は、まず、麹(こうじ)を造るための原料を蒸煮(むしに)することから始まる。
米などを蒸煮し、麹菌を加えて寝かせるのだ。
これにより、麹ができあがる。
この麹に水と焼酎酵母を加えて発酵させ一次もろみを造る。
これを、一次発酵という。

一次もろみができあがるまでに、同時並行で主原料を蒸煮しておく。
黒糖焼酎の場合は、黒糖を蒸煮にする。

そして、一次もろみに蒸煮した主原料と水を加えて発酵させる。
ここで、焼酎の風味が決まり、個性が引き立つことになる。

そしていよいよ、蒸留。
甲類の焼酎とは異なり、乙類は主原料の風味を残す必要があるため、単式蒸溜器で 1 回だけ蒸留をする。

その後、アルコール度数を和らげるため、水を加えるなどして味を整え、適正な濃度と風味になったら、熟成されるために貯蔵工程へと入る。
ものにもよるだろうが、数年は寝かせる。

その後、バランスを整えるためにブレンドをし、ボトルに詰め、出荷される。


なるほど。
美味しいお酒はこのように造られているのか、と準備万端なので、早速工場見学レポートに移る。

未知なる工場へ。

朝日酒造

やってきた!
黒糖焼酎を製造している、朝日酒造の工場。

案内をしてくださるのは、栄さん。
貫禄ある風貌だが、その笑顔から穏やかな雰囲気を醸し出す男性。

栄さんからは、まず最初に残念なニュースを知らされた。
「実は今日、工場は稼働してないんですよ。」

製造銘柄を切り替える時期らしく、工場は静まりかえっていた。
でも、そんなタイミングで見られるのも、ある意味ラッキーというもの。
「問題ないです!」
と答え、早速見学を開始した。


まず最初に、米の貯蔵場。

米置き場

銘柄によって米の種類は変わるそうだが、写真に写っているのは主にタイ米とのこと。
この米から、麹が作られる。

米炊き装置

これは、米を蒸す装置。
蒸しあがると、自動で麹を造る装置に移される。

麹生成装置

この装置で麹菌と混ぜ合わせ、麹を生成する。

麹菌

これが麹菌。
冷蔵庫で保管してあるものを見せていただいた。


できあがった麹に水と酵母を加えて発酵させる。

発酵用タンク
発酵用タンク

発酵用のタンクのそばにはスピーカーがあった。
もしかしたら、発酵してできゆく一次もろみに音楽を聴かせているのかも。

発酵用タンク側のスピーカー


場所は変わって、主原料置き場。
黒糖が大量に保管されている。

黒糖

黒糖は、喜界島産ではなく、沖縄産とのこと。
「本当は喜界島産を使いたいけれど、焼酎の製造量と、喜界島黒糖の供給量が合わず、大量に仕入れることのできる沖縄産を使っています。」
と、栄さん。


ここでは、蒸煮した黒糖と一次もろみと水を混ぜ合わせる。

黒糖ともろみを混ぜるタンク
黒糖ともろみを混ぜるタンク

その後、ここで蒸留をする。

蒸留機


蒸留後の原酒を試飲させていただいた。

原酒
原酒

アルコール度数が高く、胃が かっ! と熱くなる。
この原酒が貯蔵を終え、世に出回るのは数年先とのこと。

貯蔵タンク

貯蔵タンク。


大規模な装置がいくつもあるこの工場。
だいたい何人くらいで回しているのだろうか。

栄さんに訊いてみたところ、
「 3 人いれば回ります。」
とのこと!すごい!


出口付近に、ガソリンスタンドに入っていくようなトラックがあった。

廃液を乗せたトラック

製造工程で出る廃液を、肥料として再利用するためのトラックとのこと。
県からもお墨付きをもらうほどの優良な肥やしとなる。
栄さんご自身が所有する畑でも、使っているとのこと。


貯蔵庫

工場近くにある貯蔵施設。
味のある、倉のような造り。

人の手によって造られる、黒糖焼酎。

今回の見学で思ったこと。
私の予想に反して、「昔ながら」 の方法を用いている工程が多いということ。

もちろん、要所要所ではシステム化された部分もあるが、肝心な部分は、やはり人の手によって行われている。

人の手によって、大切に造られている。
そんな印象を受けた。

最後に、栄さんに訊いてみた。
「何の知識もない人が焼酎造りの一人前になるまで、どのくらいかかりますか??」

栄さんの答え。
「基本的な作業は、数ヶ月もあればできるようになります。ただ、やはりいざというときの対応ができるようになるまでは、それ相応の期間を要します。」

イレギュラーなことが起きた際には、機械では対応できない。
そのためには、何年も造り続けて、経験を積むことが大切ということか。

やはり、 完全には機械化はできないのだ。


人の手によって大切に造られた黒糖焼酎。
ぜひ、ご賞味あれ。

初めての喜界島訪島

初めての喜界島訪島 - 番外編

2 回目の喜界島訪島

黒糖焼酎

奄美諸島では江戸時代から第二次世界大戦以前まで、泡盛や黒糖酒(黒砂糖原料の蒸留酒)が製造されていた。だが、戦間期から戦後のアメリカ占領時代にかけ、米不足で泡盛の原料に事欠く一方、黒砂糖は日本本土に移出できず余剰だったことから黒糖酒が多く作られるようになった。

1953年、奄美諸島の日本返還に伴い日本の税法を適用するにあたり、黒糖酒は酒税法上「焼酎」として扱われず税率が高いことから、「焼酎」扱いを望む島民の要望もあり、取り扱いに関して議論がなされた。当時の大蔵省は奄美諸島の振興策の一環として、米こうじ使用を条件に、熊本国税局大島税務署の管轄区域(奄美諸島)に限って黒糖原料の焼酎製造を特認した[27]。

以後、黒糖焼酎は奄美諸島でしか製造できない特産品となって現在に至っている。口当たりは比較的柔らかく、癖が少ない。原料から想像されるほどに甘味は強くない。

現在、奄美諸島では泡盛は製造されておらず、黒糖酒は奄美諸島全域で製造されている。

小笠原諸島において、日本領土になった明治時代初期からサトウキビ栽培によって製糖業が盛んとなり、その過程で生じた副産物を発酵・蒸留した製法で、焼酎に類似する「糖酎」「泡酒」「蜜酒」と呼ばれた酒が戦前に醸造されていた[32][33]。戦時中の島民疎開により途絶えていたが、1989年(平成元年)になって村おこしの一環として小笠原村の役場・農協・商工会によってこれを扱う企業が設立され、その製法を模したラム酒が製造されている[32][33]。過去に「糖酎」の表記で発売された事があったが税務署より指導が入り、その際の見解によって特認が得られず[要出典]、税法上はラム酒(スピリッツ、もしくはリキュール類)の扱いとなっている。

引用:
焼酎
フリー百科事典
『ウィキペディア(Wikipedia)』
最終更新 2008年7月8日 (火) 08:05